2025/05/24 22:43

Image source: Pinterest
前回のライブ中に起こった
アクティベーションを期に
「truth will set you free」の意味がわかったこと。
今の自分を振り返りとしてじゃなく
そのままを表現することを
真実というのだな。と感じた。
その真実が銀行のブロックや
仮想通貨のアカウントのアクセス
とか、アクセスをフリーにしてくれた.
ということは
この新しい時代のお金は真実でできていく仕組みになってるのがわかった。
つまり、今わたしが過去のすべてのお金を
失った段階にいるというのは
過去の自分のお金との向き合い方は
新しい世界では通用しないという証明。
わたしが成長したバージョンの自分をシェアするのをやめ、
成長過程にある自分のあるがままを表現することが
1番お金の解放を促すキーになるということがわかった。
少なくとも私の世界では。
その解放が起こってから
わたしはバリのタクシードライバーとか
デリバリーの人とか。
この時間を300円とか200円を作るために
ただ不自由なく生活するために
一生懸命はたらいているのを感じて
(最近はお金なかったから余裕はないけど)
お金があった時よりも多めのチップを
彼らに渡した。
なんか、わたしも大変だけど
よく考えたらこんな安くで
わたしがしたいことができるのは
彼らのおかげ。
ここで、与えることではなく
受け取ることについて学んだ。
バリの旅は肉体的にも精神的にもキツかった。
タオと24時間ずっと一緒に
用事をこなし、移動の多い中
空いている時間でおもちゃを買ってあげたり(罪悪感と次の成さねばならい課題をスムーズにこなすために状況をコントロールするため)
海に連れてったり
甘いものを望む時全て与えてあげたり。
タオも来た時から便秘で食わず嫌いだから
まともなご飯を食べてなくて
(食べさせられなくて)
そんな中でもタオとの時間も体験のコネクション密度の濃い時間を短い時間でも1日に何度かつくるようにして。
その中でわたしの苦手なプランとか
責任とか、移動の管理とか。
その上、ケータイ無くしたりしたから(頑張ったら帰ってきたけど)
常に早歩きでタオに「早くいくよ!ママもういくからねっ!」って
常にナーバスで。(わたしは管理できないタイプやからすごい負担。)
わたしの体は情報量の多さにパンク寸前。
まさに日本に帰る日に生理(爆発・リリース・満月)になった。
エコノミー飛行機の中で(ってほんと、わたしはここにいるべきでないって、毎回座るたびに思う。正直笑)
タオの声のトーンとかで周りに迷惑かけないために怒りたくもないのに何度も怒ったりとか。
他の人に恐竜で突いて痛い思いさせないかって
何度もタオの様子を伺いながら。
しかもしまいには飛行機のトランジットの時間が、足りないくらい飛行機が遅れて
次の飛行機にタオを抱っこしたまま一キロくらい走ったりとか。笑
わたしのシステムには負担が多くて
キャパオーバーだった。
それを家についた今、ベッドで寝転びながら
月の日だからというのもあるけど
体の痛みと縮みと強張りを感じて
書きながら体に視点を当てて
呼吸でリリースしている。
まるで、わたしの産後の鬱の頃の体験を
擬似体験したような感じで
今回の旅は、わたしのカルマを解消させる旅だったということがわかったし
何をどう考えても必要な旅だった。
日本の水を飲んで体が和のエネルギーに入っていく。
一口飲んで、バリ(インドネシア)の水はわたしの体に合わないことがわかった。
体がこれだけ疲れているのをさらに納得した。
わたしにとってのバリの良さは
魔法だ。たくさんの魔法使いがバリにやってきたり
移住したりして、
その魔法が、カルチャーに。スピリチュアリティーに。料理に。アートに。
あらとあらよるところに現れていて
「創造する」ということの素晴らしさを見せてくれる。
そのいい反面もわたしは今日反応した。
今日(帰りの飛行機の日)はタオの誕生日.
ほぼ移動だけで終わって
今年は今までみたいに盛大に祝ってあげられなかった。
帰った夜、妹はタオの誕生日プレゼントを用意してくれていて(さすが。ほんまありがたい。)
そのおもちゃの中に
スピノサウルスのおもちゃがあって
そのスピノサウルスのおもちゃは
濃い青で、水につけると赤になったり、
お湯につけると白になったりするおもちゃ。
そのおもちゃを見たわたしにインスピレーションが降りてきて
また真実の扉が開かれた。
インスピレーションってin スピリチュアル(to breathe into)の創造の第一段階だと思ってて。
まさに息が開く時、創造が始まる。
おもちゃをみた瞬間に
そのおもちゃを作った人の意図と創造の素晴らしさにびっくりして
スピノサウルスは海の恐竜だから子供が水やお風呂に入れたがるのは当たり前だし
その体験をもっとユニークで
長く多様に楽しめるおもちゃが10cmくらいのプラスチックの人形だと思うと、
「わたし、おもちゃ創りたい。」って思った。
だってわたしはタオのおもちゃ遊びを楽しめないし、楽しませられないし
せっかく私たちが「楽しむ」というコネクションを深める最高のきっかけになる
遊びができないことにもすごく残念に感じていた。
でも、わたしは見てるのが好き。
タオが1人で楽しんでたり
家族や友達と楽しそうに遊んでいるのを
見ているのが好き。
わたしは気づいた。
もちろんそうだって。
だってわたしはタオの好みを1番よく知っていて
何が好きでどんなことを楽しむか知ってる.
だから、遊んですぐ飽きて捨ててしまうような
おもちゃを買うのにもうんざりしてたし
このスピノサウルスのおもちゃを見てから
「長く多様に遊べるおもちゃをわたしが作れてそれを使って遊んでるタオの喜ぶ顔を見るのがいちばんのわたしの愛の与え方だな」
って感じた。
そう思ったらすぐ
気づくと、わたしは創造主(アーティスト)だと思う。
ただ、わたしは信じられないほど
自分に自信をもっていないだけ。
わたしは創造したい。
映画を見て作品ではなく
創った側の世界が見えるのも
音楽を聴いて
音楽に作り上げて欲しいビジュアル的世界観を
探すように音楽を聴いたりするのも
服を着てその服のバイブレーションを感じたり
いい生地でダサい服を着る方が
見た目が綺麗でファブリックが
プラスチックよりもいいけど。
でも両方実現させたいし
両方実現させているブランドは
今のわたしには買えない中で
常に「もっとこんなのがあったらいいのに。創りたい。」って感じるのも
ドリームホームを自分の好みで制限のない枠組みから創るのが夢だったのも
全部わたしがクリエイターだからだと
バリは感じさせてくれた。
バリはみんなそれぞれ
自分の世界に入って、世界を創造している
魔術師も多いし、
実際にローカルのバリ人もバリアンに
白魔術、黒魔術をかけてもらうのが
普通に日常で起こるバリ。
でもわたしは繊細だからその外部の音が大きくて
自分の世界が確立できてなかったから
他のエネルギーにやられて
しんどくなってたんだなと気づいた。
その分
(ヨーロッパも好きだけど)
日本は本当に静かな国だ。
水を飲んでも音を聞いても
視覚的にも刺激が少ない風景ばかり。
この民族が自我を超えて調和という
エネルギーを放ってくれているから。
でもだからこそ
日本でしんどくなってしまうのは
(かつてのわたしは)
自己表現ができなくなってしまうから。
自己表現が強ければ強いほど
この日本というバイブレーションから
外されてしまう。
全く逆のバイブレーションだからだ。
どの国にもいいところと悪いところがある。
だからこそ、わたしは自分の人生のフェーズがいちばん輝ける場所に
シーズンが変わるごとに自由に移り住めたら
最高だしそうしたいと決めた。
ただでさえ女の体を持って、
月の流れもあるのに、さらに人生の流れもあって
その流れがあるのに一つの場所に
止まっておくことは
ある意味自分自身への拘束だと思った。
自然のシーズンだけでなく
自分の人生のシーズン
体のシーズンも大切にしていきたいと思った。
あと一つ感じたことがある。
家に帰ってきて生理だからソファーに倒れて
妹に「お願い🙏水いれてくれる?」
って聞いた時の自分のバイブレーションが
あたかも可哀想がってる波動で
すぐにママの顔を思い出した。
ママも頼み事する時にこのバイブレーション。
これって、
多分だけど、自分がしんどい時に
親に愛された。自分が「可哀想」と見られた時に
愛を受けとれる存在になっていた
ということの証明で、
親が子供を「可哀想」な見で見る代償
(結果)だと感じた。
風邪の時でもタオのことは
「可哀想」と見ないようにして
自分が他人にお願い事をする時の
バイブレーションにもっと意識を
おくようにしようと思った瞬間。
人は自分が可哀想にならなくても
助けてくれる。
可愛く頼めばやってくれる。
でもそれをわたしの体はまだ信じていないだけ。
いつもなら本気で向き合うところだけど
もっとゆるく、気長に向き合おう。
